お客様からの電話
お客様から、腕時計をしていると、ワイシャツの袖が汚れるというクレームの電話が入った。
『購入して、1年ですわ。バンドから、油が出てきて、ワイシャツの袖口が、黄色っぽい色に染まってしまうんや。こんな時計初めてやで。』
「ご不便をおかけしております。それはいつ頃からでしょうか?」
『2〜3ヶ月くらい前かなぁ。バンドの駒と駒の間から油が漏れて、それがワイシャツの袖口に色をつけるんや。真っ黄っきやで。ひどくない?』
「バンドに油は差しておりませんので、拝見してお調べさせて頂きたいのですが、こちらにお送り頂くことは可能でしょうか?着払いで結構です。お手数をおかけいたしますが、汚れてしまったワイシャツもお送りいただけましたら一緒にお調べさせて頂きます。」
『汚れたワイシャツは何着もあるで。全部送るのか?クリーニングに出してくれるんやろな。』
「かしこまりました。お送りいただいたワイシャツは、検査後にクリーニングにお出しします。」
『ほんなら、全部送るわ。時計もちゃんと調査してよ。油が漏れる時計なんて聞いたことがないわ。場合によっては、新しいものと交換してもらわんとあかん。』
「到着をお待ちしております。」
お客様から送られてきた商品の到着
後日、商品とワイシャツが届いた。
ワイシャツは、3着あったが、全て袖口が黄色くなっていた。
これは、間違いなく、錆の色だ。
お手入れ不足のせいで、バンドの隙間に汗と埃が蓄積されていって、それが原因で錆びてしまい、汗をかいて染み込んだ時に、その錆が溶け出したのではないか。
油ではない。
ステンレスは錆びにくい素材だが、汗や皮脂、埃などが長期間付着すると酸化被膜が傷み、錆が発生することがある。
とりあえず、ワイシャツは調査機関に出し、時計の方は、修理センターで調査をする。
後日、修理センターから連絡が入った。
『ケース本体は、裏ぶたとの隙間に錆が発生していました。内部はパッキンのおかげで無事でしたが、ケースは修理、あるいは、交換が必要です。また、バンドピンやピン穴にも錆が広がっており、こちらは修理では対応できず、バンド交換となります。保証期間内ではありますが、お手入れ不足による錆のため、保証対象外となります。』
想像はしていたが、かなりひどい状態だ。
基本的には、内部の機械以外、全て部品交換が必要ということだ。
これをお客様にどうやって伝えて、ご理解頂こうか、考えねばならない。
ワイシャツを送った調査機関からも連絡があった。
やはり、鉄の錆(酸化鉄や水酸化鉄)の微粒子が汗に溶けて繊維に移っていたようだった。
お客様に連絡をせねばならない。
お客様へのお電話
「もしもし、私、〇〇時計お客様相談室の〇〇でございます。先日お送り頂きました、お時計とワイシャツの原因究明ができましたのでそちらのご案内です。」
『何の油か分かったんかな?』
「原因は油ではなく、錆でした。」
『錆?』
「失礼ではありますが、調査報告通りにご報告させていただきます。」
お手入れ不足によって、バンド、本体ケースに錆が出て、それが汗で流れ落ちていたことが原因だったと全てお伝えした。
また、錆部分の写真も撮らせて頂いたので、ご返却の際、一緒に送らせて頂く旨お伝えした。
電話の向こうで、お客様はしばらく黙っていた。
『じゃあ、私が悪いということですか?』
「申し訳ございません。悪いと申し上げているわけではございません。汚れの原因をお調べさせていただきました次第です。」
『じゃあ、どうしたらいいの?』
「このまま、お修理という流れかなと思いますが、錆によるお修理になるため、保証対象外となります、どうされるか、ご返事頂ければと思います。」
『費用はいくらかかるの?』
「部品代が、バンド〇〇円、ケース〇〇円、修理費用〇〇円、合計〇〇円になります。」
『もう、買った値段やん。しかし、お手入れとか洗えとか、買った時はそんな案内なかったで。案内せえへん方が悪いのと違うか?』
「一応、取り扱い説明書に、お手入れの件は記載させていただいております。しかし、ご案内がなかったというのは、販売店や我々メーカー側にも見直さないといけないところはあるかと思います。」
『じゃあ、何とかしてよ。』
「部品代に関しては、お客様のご負担でお願いしまして、修理費用に関しては、ご案内不足もありましたので、こちらでご負担させていただくというのはいかがでしょうか?」
『それでも負担額が大きすぎるわ。』
「ただ、こちらでも部品代までの負担はできかねます。では、防水機能はやや落ちますが、ケース部分を修理ですることにして、バンド費用のみをご負担頂くということでいかがでしょうか?」
『まあ、妥協点としては、そこか・・・』
「お預かりさせて頂きましたワイシャツは責任を持ってクリーニングさせて頂きます。」
『甘えさせてもらうわ。ただ、今後、こんなことにならんようにどうしたらいいか、教えてくれますか?』
「わかりました。まずは、外した時に汗を拭いてあげること。また、月に1〜2回、簡単な洗浄をして頂ければ大丈夫です。ご返却させて頂く時に、ご案内のお手紙を添えさせて頂きます。」
『じゃあ、よろしくお願いします。』
修理費用の一部負担はあったが、何とか、お客様はご理解頂いたようだ。
早速、修理センターに、修理内容の連絡をし、修理スタートして頂いた。
腕時計も肌着と同じで、身体に密着するものだ。
汗などで汚れたら、拭いたり、洗浄したりすることが必要だ。
後日、お客様からお礼のお手紙を頂いた。
今回は勉強になりました。
これからは時計もきちんと手入れをして、大切に使います。
クレーム対応は大変な仕事だ。
しかし、最後にこんな言葉をいただけると、この仕事をやっていて良かったと思える時がある。

おわりに
今回のお話は、私がお客様相談室で実際に経験した出来事をもとにしています。
時計は精密機械です。
しかし、お問い合わせの中には、「故障ではないのに故障と思われているケース」や、「少し知識があれば解決できるケース」が数多くありました。
実際の販売現場では、このような細かい質問への対応が信頼に直結します。

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