お客様からの電話
お客様相談室の電話受付時間は、18時までなのだが、5分前に1本の電話が入った。
今日は金曜日だ。
ギリギリの電話。
嫌な予感しかしない。
「はい、〇〇時計お客様相談室でございます」
高すぎる修理費用に言及
『購入して4年やけどな、整備点検、オーバーホールに出したらな、店から費用が8万円やと言われたんや。ありえへんやろ。どうしてなのか説明しろ』
いきなりのクレームだ。
心音が高くなって、全身から汗が吹き出す。
「お客様、こちらではすべてのお客様のデータを把握しているわけではございません。まずは、お時計とお修理内容の確認をさせていただきたく、お時間をいただけないでしょうか?」
『今すぐ調べろや』
「大変申し訳ございません。現在、18時を過ぎてしまい、受付時間が終了しております。修理工場での修理品の確認が取れません。週明けに確認させていただきまして、それからお客様へのご連絡となります」
『なんでわからへんねん。連絡とれるやろう。客が質問しとるんやで。どないかして聞けや』
「大変申し訳ございません。受付が終了しておりますので、連絡が取れません。週明けに確認させていただきますので、お願い申し上げます」
『はあ? 聞きもせんと断るんか? 責任者出せ!』
「私が責任者でございます」
『何ぃ? 名前教えろ』
「〇〇と申します」
『月曜日の朝一番に電話してこい』
「お客様、それは無理でございます。ここでお約束することはできません。お調べするのにお時間が必要です。修理工場に問い合わせてみないと、いつご連絡できるかわかりません」
『できるだけ早くかけてこい。わかったな』
ガチャン。
切れた。
とんでもないお客様だ。
お店からは、8万円を超える修理料金と言われている。
こちらにかけてきたということは、お店が対応できず、お客様相談室にかけて聞いてくれと振ってきたのだろう。
本来なら、お店が修理工場に直接確認して、対応しなければならない案件だ。
こちらでは、お客様から問い合わせを受けても、最初から情報があるわけではない。
修理工場に確認して、内容を調べてから対応しなければならない。
時間がかかるのだ。
どんな内容であっても、理由があって、調査する時間も必要なのに、自分の都合しか言わない。
こんな人を相手にするのか。
また、調査したとしても、それを伝えるだけで終わるはずがない。
内容によっては、揉めてしまうことになるだろう。
週末に、とんでもない電話を取ってしまった。
土日が憂鬱になってしまった。
速やかに解決しないと、病気になりそうだ。
とりあえず、修理工場の責任者へ、今の内容をメールしておこう。
修理工場への問い合わせ
翌月曜日。
一番に修理工場へ連絡する。
「〇〇の時計店から、〇〇様で修理が入っていると思いますが、見積り内容をお教えいただけないでしょうか?」
『あぁ、先週、時計店からも問い合わせを受けた修理ですね。こちらのお時計は、ダイバーの商品番号〇〇〇〇ですが、リュウズ部分付近にサビが発生しておりまして、ケースの交換が必要なのです。オーバーホールとケース部品代で、修理費用が高くなっています』
「ケース交換が必要なほどサビが出ているのですか?」
『そうですね。他のところにサビはなかったのですが、リュウズ部分から中へサビが発生しておりまして、ケース交換をしないと、オーバーホールしても、すぐに影響を受けて止まる可能性が高いです』
「そうですか。この時計を含め、ほとんどの時計はケースとリュウズ穴部分が一体ですからね。そこがやられてしまうと、ケース交換になりますね。ありがとうございました」
ダイバー時計なので、おそらく海に入られて、リュウズ部分に海水が残ったのだろう。
説明が難しい。
納得してもらえるだろうか。

まずは、見積りの内容を説明することだな。
普段のご使用方法についても、ヒアリングが必要だ。
しかし、週末にあのようなお電話をいただいたので、こちらの話を聞いていただけるかどうか。
まずは、時計店にも連絡をしておかねばならない。
時計店への問い合わせ
「〇〇時計店様でいらっしゃいますか? 〇〇時計お客様相談室の〇〇です。〇〇様のお修理の件でご連絡させていただきました」
『あぁ、そちらへ電話が行きましたか。こちらからも、ケースにサビが出ていたのでケース交換が必要で高くなったと説明したのですが、納得していただけなくて』
「お客様はダイビングをされているのでしょうか?」
『されていると言ってました。しかし、毎回、海から出た後に、バケツに入れて、塩水を流しているとおっしゃるのです』
「そうですか。洗浄している…と仰っているということですね。」
『サビた原因は海水ではなく、サビるようなケース構造になっているメーカーのせいだろうとおっしゃっています』
やはり、普通の説明では納得いかないだろう。
どう説明するか。
お客様へ電話をかける。
お客様への電話
ブーブー。
「〇〇様でいらっしゃいますか? 〇〇時計お客様相談室の〇〇です」
『ケース交換の理由を教えろ』
「はい。こちらでお調べいたしましたところ、リュウズとケースの隙間部分にサビが発生して、そこからリュウズの中にサビが入り、ケース交換をしないと防水を維持できないという状態になったようです」
『まず、ダイバーやで。そんな簡単に内部にサビが入るはずがないやろ。それから、毎回、潜った後は水をバケツに入れて、その中にダイバーを入れて洗ってるんやで。海水なんか残らんやろ。残ってるとしたら、防げないメーカーのケース構造のせいや』
「恐れ入ります。まず、サビですが、ステンレスはサビないわけではありません。海水が残っていれば、サビが進行することは考えられます。
また、こちらのお時計のリュウズとケースの隙間に入った海水は、歯ブラシなどで洗わないと取れないと思います。
先ほど、バケツに入れて洗うとおっしゃっておられましたが、それだけですと、海水が残る可能性は高いと思います」
『もし、海水が残ってそこがサビたとしても、ねじ込みリュウズから内部には入らんやろ』
「こちらはメカニカルですので、巻き上げをした際に影響があると思います。また、毛細管現象というものがありまして、徐々に内部へ浸透していくことがあります。
ただ、それが1回で起こったというわけではなく、徐々に積み重なって内部へ浸透してしまったという状況かと思われます」
『俺が悪いということか?』
「まずは、防水機能を維持するためにはケース交換が必要になりますので、ご検討いただきまして、時計店様まで修理を進めるかどうかのご連絡を、どうかよろしくお願いいたします」
とりあえずは、内容をお伝えした。
あくまで、時計店で承ったお修理なので、こちらから説明はするが、修理を進めるかどうかの判断まで、こちらで受けるべきではない。
後日、時計販売店にお伺いしたところ、渋々お修理をされたそうだ。
どんな時計でも、お手入れは必要なのだ。
そのことを、ご理解いただけただろうか。
おわりに
今回のお話は、私がお客様相談室で実際に経験した出来事をもとにしています。
時計は精密機械です。
しかし、お問い合わせの中には、「故障ではないのに故障と思われているケース」や、「少し知識があれば解決できるケース」が数多くありました。
実際の販売現場では、このような細かい質問への対応が信頼に直結します。

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